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青を憂う
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いつも部屋には青い光がさしていたのを覚えている。今よりずっと昔の、僕がまだ、も っとずっと底の方にいた頃の話だ。
双子の弟のヨウの部屋の窓からは、庭一面に広がるミズハコベが見え、葉の先の泡に反 射する光が部屋の中にまで届いて、いつも明るく、あたたかだった。
窓の前に茂るオオカ ナダモのせいで日当りが悪く、いつもほの暗い部屋で過ごしていた僕は、それがとても羨ま しくて、遊びにいくたび部屋の交換をねだったものだ。
一度だけ、こっそりミズハコベを一房、土から引き抜いて頂戴したことがある。
こいつならきっと僕の部屋にきらきらとした光をふりまいてくれる。そう期待して部屋 に持ち帰ると、青々としていたはずのミズハコベはたちまち部屋に漂うどんよりとした藍 色に隠れてしまい、僕の掌からふわふわ漂って、床にぽてりと着地した。
そのことが酷く恨めしくて、僕は結局その日のうちにそれを街に浮かんでいた鯉にやっ てしまったのである。
鯉はしばらく自分の目の前をただよう緑色を不機嫌そうに見つめた後、口をつい、との ばして一口に平らげた。
錦に消えた緑を思ってなぜか少し悲しくなった僕は、今しがた葉を沈めたばかりのその 腹のうろこをなぞるように、水の流れに沿って、そっと鯉に触れた。
それからしばらくして、僕は大嫌いな部屋に別れを告げた。 藻も茹だるような、深い夏のことだった。




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